| English | |||||||||||||||
|
|
||||||||||||||
|
|||||||||||||||
| 中山文甫は流祖未生斎一甫の精神を正統的に受け継ぎ、大切に、未生流中山文甫会を創立しました。その宣言に「いけばなは過去のものであってはならない」と書き加えたのは古い流派に漂う因習をきらい、花をいけるのは、常に現代に生きる「今」を忘れてはならないと考えたからでした。 |
| 文甫(1899〜1986)は未生流家元筋の家に生まれ、伝統の花を学びながら若い頃から反伝統的な西洋美術にも深い関心を寄せていました。彼は大正の末期に鳥の羽やビーズ玉、金属などの異質素材を花材として開拓します。当時のいけばな界からは「そんなものは花ではない」と厳しく批判されましたが、彼の才能は第二次大戦直後のいけばな界に潮流を巻き起こした「前衛挿花」(ぜんえいそうか)となって開花します。文甫が「前衛」の名称とその精神をいち早く提唱したことで、彼は前衛挿花の先駆者・巨匠と呼ばれました。その作品は異質素材と生の草花を大胆に構成し、照明を取り入れ、光を刻みに計算した色彩豊かなものでした。 また一方で彼は、早くから暮らしの中で活けられる「用に立ついけ花」にも関心を寄せ、新品種の花や洋花を積極的に取り入れ、社会条件や住宅環境に対応できる「新花」(しんか)を昭和4年(1929年)に発表しています。 新花には格花のような厳しい型の約束がありません。型に対する一応の目安と基準はありますが、花材も花器も自由に選べ花から感じた美しさを花材の特徴にたくし、活ける人の受け止め方でどのようにも表現できます。それまでのいけ花は床の間に飾るものとされてましたが、新花は生活空間の中で自由に置くことができます。旧守を第一としていた当時のいけばな界にあって、新花の誕生は革命的な出来事でした。 |
|
|
常に時代と向き合い、柔軟に、自由な発想を持ちつづけた中山文甫の精神を受け止めて、現在未生流中山文甫会は会長・中山景甫(なかやま・けいほ)と副会長・中山高昌(中山・こうしょう)が中心となり活動を行っています。 未生流中山文甫会のいけ花には(1)「格花」(2)「新花」以外に(3)伝承された型を色彩豊かに表現する「新格花」(しんかくばな)(4)少量の花材で都市の限られた住空間に飾る小品サイズの「明花」(めいか)、(5)植物の特徴を造形面から捉えて自由に活ける「フリースタイル」、(6)短歌や俳句、詩の言葉をきっかけに自分の思いを表現する「主題花」(しゅだいばな)、(7)活ける行為の過程を見せる「アクション」とさまざまな様式があります。いずれも植物をていねいに観察し植物から受けた刺激によって、心を豊かに、伸びやかに広げることを大切にしています。 |
|
このような流派のいけ花と考え方を広く知ってもらうために、数々の展覧会を開いて内から外へ向けて積極的にアピールしています。展覧会では時代の精神を先取りする進取な姿勢を忘れず、絶えず新しい可能性に挑戦しています。国内だけではなく国際舞台でのデモンストレーションも盛んです。フィンランド、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ドイツ、イギリス、アメリカ、中国、東南アジア諸国で展覧会を開いてきました。 また視覚障害者のためのいけ花講座(主催・中山高昌)や地域に結びついた公民館活動などのボランティア活動を通じて、いけ花が広く社会との接点を持てることを心がけています。 |
|
花は私たちの身近で四季折々にいつも咲いています。しかし無関心のまま見落としてしまうなら、花は野に咲いているだけでしょう。自分の目でしっかり見て、心に受け止めたときに、初めて「花は美しい」となります。花が五感に響いてくる一瞬です。 人の営みと日常の生活を基本に、花をなかだちとして自然と共にに生きる−未生流中山文甫会では、もっとも大切なものと考えて活動を行っています。 |
Copyright © Mishoryu Nakayama Bunpokai. All rights reserved.
本ホームページの記載内容についての一切の転載を禁じます